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なぜ今まで見えなかったものが見えるようになってきたのか?
なぜ今なのか?

人との関わりが認識するきっかけを与えてくれたからだ。
本を読むきっかけや自分と人の考え方の違いを認識出来るきっかけを。
人と関わったから見えるようになったのだ。

人と交流することは自分のプラスになる。
そう考えればいい。
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間違いの泥沼からちゃんとしたスタートラインに立てたという、ひとつの達成。
あまりにも低レベルな達成だが泥沼に居続けるよりはましなのだろう。
もっと早くに気づけていればと悔やんでも仕方が無い。
過ぎたことはどうにもならないのだから。
ただ現在において清算し続けるだけだ。

何も知らないのも、何も出来ないのも、経験を積み重ねてこなかった自分のせいだ。
だから今から始めるしか無いのだ。
1枚のイラストを全力で描いて丁寧に着色する時間がどうしてもったいない?
だらだらと何も生まない時間を過ごすよりよっぽど尊いじゃないか。
どうせ誰からも反応がないというが、それならやろうがやるまいが同じじゃないか。
失うものなど何も無いのに。
そこまでしてやりたがらないのなら、作ることが苦痛だというなら金輪際、目標だなどと口にするな。
その方が幸せになれるぞ。
新しいアニメを見て楽しいと感じられないのは、
作られるアニメの質が落ちたからでも、
自分が歳をとったからでも、精神的に大人になったからでもない。
ただ単に『今を楽しむ心』が弱りきっているからだ。
認識の歪みの10のパターンというものがある。

1、全か無か思考(all or nothing thinking)
2、過度の一般化(over-generalization)
3、心のフィルター(mental filter)
4、拡大解釈と過小評価(magnification and minimization)
5、感情的決めつけ(emotional reasoning)
6、マイナス化思考(disqualifying the positive)
7、結論の飛躍(jumping to conclusions)
 a、心の読み過ぎ(mind reading)
 b、予期の誤り(the fortune teller error)
8、すべき思考(should statements)
9、レッテル張り(labeling and mislabeling)
10、個人化(personalization)

これは一例だが自分の心のおかしなところに気づけたのはいつもインターネットからの情報だった。それだけ世の中には同じような悩みを持った人が多かったということだろう。

苦しみを解く鍵は探せば見つかった。

家族もテレビも何も教えてはくれなかった

自分の書いた言葉が誰かに届いて。ほんの少しでも心が軽くなってくれるのなら
自分が生きてきたことも無駄ではないのかも知れない。
そういう関わりを持てたらと思う。
強く立ち上がる勇気が欲しい。
何ものにも押しつぶされない頑丈な心が欲しい。
止まること無く突き進む燃え盛るやる気が欲しい。
進むなら傷つかざるを得ないと納得するしかない。
進まなければ沈むだけだ。
アホらしいと思うことも多々あるかも知れないが諦めてはいけない。
投げ捨ててはいけない。
諦念や無力感を越えて進もう。
畢竟、自分の心が傷つくのが怖いだけなのである。

どうすれば傷つかないかを考えて逃げ閉じこもっていただけなのだ。

ただそれだけのことなのだ。
足りない。
足りない。
何冊本を読んでも足りない。

わからない。
届かない。
変えられない。
今、人は「富を介して」満たされる。
富は人が豊かに生きているかどうかの「わかりやすい目印」
人間は心が満たされなければ幸福にはなれない。全てを決めるのは人間の「心」だからだ。
物質的な豊かさも「心を満たす手段のひとつに過ぎない」

人は、心を満たすために生きている。それが全ての行為の原点、究極の目的だ。
だからこそ、表現に、創造に、探求に、夢に生きることもできる。
それが、その人の「心を満たす何よりの手段だから」だ。
そういうのは特殊な例といえるかもしれないが、愛し合うこと、家庭を持つこと、そういう行いの原点にもやはり心が満たされるからというものはあると思う。

貧しい暮らしをする人が良い家に住みたい、きれいな服を着たい、美味しいものを食べたいと思うのは当然のこと。
富めるものが、さらに富もうとするのはなぜか?
例えば、未来の不安?飽くなき欲求?自分のものにしなければ他者に奪われるという恐怖?

人間は「富」に支配されている。
心を満たす手段が「富」に偏っている事実を疑うべき。
富を失う不安がなくなれば、それだけで心満たされる人もいるだろうし、別の手段で心を満たそうとする人も出てくる。より多くの富を求める人もいるだろう。富を対価にして得られる満足も当然存在するのだから。それを否定することは無い。

富に変わる新しい豊かさの基準、「満足」
原点に立ち返り、合理的な判断を下せば、歪んだ倫理観からは解き放たれると思う。
働く必要がなくなる社会を恐れているのはなぜ?
誰もが満足を求めたら秩序が乱れる?

ベーシックインカムは既存の価値を否定すること無く、新しい価値観をも提示する。
新しい道を作るのではなく、既存の道をより歩きやすく、広げ整える手段だと解釈する。

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