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私はベーシックインカムの思想に希望を持っているのだけれど、
ベーシックインカムの反対意見には、そんなお金をもらったら人々が働かなくなるというものがある。

この不信に満ちた言葉に対して言いたいことがある。

賃労働からの解放が怠惰と浪費に向かうというのはイメージが貧困だ。
もし働かなくてもいい状況ができたのなら人はまず「自分のやりたいことをする」。
そのやりたいことが怠惰と浪費だけであるだろうか、もしあったとしてもそれだけを続けられる人間がどれほどいるだろうかと。
自分のために使える時間が増えたなら社交の場に出かけていく人もいるだろう。
勉強したい、大学に行きたいと思う社会人だっているだろう。
22歳で大学を卒業し、後はひたすら労働に明け暮れる人生の他に、
ある程度社会で働いてまた大学に入って勉強しなおす、という選択肢が選べるようになる。。
ベーシックインカムはそういう柔軟な人生モデルの大きな助けになる。
そこにあるのはより多くの「選択の自由」だ。

少なくとも賃労働から解放された人間は「より活動的になる」。
「自由」があるということに不安を抱く前に、「選択の自由」がもたらす健全さの可能性を信じてみてほしい。
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ガチャの炎上問題で見えてきた、富裕層でもないのに富裕層の肩を持ち自分の首を絞めたがる人の存在に疑問を感じたので、考察してみたい。(とはいっても雑な文章ではあるが)

少し前に世を騒がせたグラブルのアンチラ70万円問題。ここで問題になったのは期間限定のSSRキャラが70万円をつぎ込んでも手に入らなかったということで、

・排出量を他より下げているのではないか、これは許せない。という暴利を貪る企業に対する義憤の問題
・天井なしのガチャを回させることでユーザーの歯止めが効かなくなって経済的被害を被るのではないかという倫理的な問題。

ここで気をつけなければいけないのはこういう問題提起は実際のユーザーよりも外部から大きく上がったということが一つ。
ここで生まれる認識の齟齬が、

・外部から見るとユーザーは企業に騙され搾取されている。
・ユーザー側は運営の手口なんか分かった上でこのゲームに乗っている。引き際も見極められないやつの方が悪い。

となる。

つまり、ガチャ方式のソーシャルゲームはギャンブルと同じ。ということについての論争のように思う。

グラブルではこの外部からの突き上げを受けて、ガチャの仕様を下記のように変更した。
・全てのガチャ排出アイテムの排出率を明記する。
・ガチャに90000円の天井を設け、90000円相当(無償アイテムの使用も含む)をガチャで消費したユーザーに対しては、ユーザー側が提示したキャラクター(主にそのガチャでの目玉アイテム)との交換権が与えられる。

ここまでが世間に公表された事実である。これをもって、炎上騒動は鎮火。外部の義憤に燃える人々は、満足してこの問題から撤退した。(ということにしておく)

ここからはグラブル内部の話。先の仕様変更によってより健全になったガチャには、もう一つ変更したことがあった。

・新登場のSSRがすべて期間限定になった。

これまでであれば、SSRキャラであっても、水着、ハロウィンなどの季節ものを除いては、恒常排出のラインナップに含まれており、排出確率がアップしている初登場の期間を過ぎても、当たる確率は下がるが、ガチャを回していればいずれは出る可能性があった。グラブルに関して言えば、恒常であれば確実に欲しいキャラを獲得できるサプライズチケットというサービスも不定期ながら実施されるので、欲しいならばそれを待つこともできた。

しかし、今回の変更で期間限定になったことにより、SSRキャラを欲しいと思っても、待つことが得策ではなくなった。欲しければ限られた期間内に確実に手に入れなければ、次いつ手に入るかわからないということになった。
かくしてユーザーはSSRキャラを確実に獲得するために90000円の壁に挑むこととなった。
むろんこれまで通り自らの懐具合と相談して引際を見極めるユーザーも多い。
しかし、例えば、50000円使っても欲しいSSRが出なかった。これまでならここで撤退していたユーザーに、あと40000円使えばSSRが手に入れられる、という選択肢が生まれた。

これはつまり、これまで90000円以上使っていたユーザーに90000円しか使わせない代わりに、これまで50000円使っていたユーザーに90000円使わせるように仕組みを変えたということである。

慈善事業ではないので、収益を維持しなければならないのだから、裕福な廃課金者という突出した収入源が失われた以上、次にお金を使う集団から収益を上げるという方策に変更したことは、当然のことだ。

結局外部からの圧力が、コミュニティにより平等な負担を生み出したというのがこの炎上問題の結末だったのだ。
外部の人間にはこの負担は一切関係がない。外から助けたつもりで、中で暮らしてる人たちをより苦しい状態に陥れただけとも言える。これはかつてのコンプガチャ騒動でも見た光景だ。

グラブル問題についての事象の解説はここまで。
本題はここから。

現実として、ソーシャルゲームが基本無料でサービスを提供できる理由は、射幸心を煽ったガチャの収益、それもごく一部の廃課金者の落とすお金に依存しているからという事実がある。
彼らがいるおかげで、ゲームは維持され、無課金のユーザーも楽しめているわけだ。

以前からソーシャルゲームとベーシックインカムの類似性について考えていた。
無償のログインボーナスでもらえるアイテムを活用することでユーザーは無課金でも資産を蓄えてゲーム内で強くなることができる。無論、積極的に課金をすればログインボーナスやゲーム内のドロップアイテムに頼った無課金者よりも有利になる。これは働かなくても生活が保障され、積極的に労働に取り組めば、より生活を向上させられるというベーシックインカムの発想に近い。

この考えと、今回のグラブル問題を絡めて、人々の感情がベーシックインカムの世界にどう作用するのかシミュレーションしてみたい。
娯楽への課金と、税金を一緒に考えることの乱暴さは一旦置いておく。

ごく少数の廃課金者が多くの無課金者を支えるというソーシャルゲームが基本無料であることの仕組みをベーシックインカムに当てはめれば、富裕層からの多額の税収が、低収入層に付与されるベーシックインカムの源泉ということになる。(ここでは収入に応じた納税が適切に行われているものとする)

1、富裕層から多額の税金を取っていた社会で、国家の納税額に対する見返りが少ないだろう、取りすぎだという声が当事者以外から上がる。当事者は納得ずくで税を払っている。
2、国家は課税の仕方を改め、富裕層への課税額をおさえる代わりに、富裕層の次に収入を持っているグループへの課税を強めるべく、インセンティブを用意した。
3、税収のピラミッドの頂点が平らになり、より多くの負担者が現れる。そして富裕層だけが負担を軽減される。

ざっとこのような感じか。
税負担を好き好んでしたがる人間もいないので、一緒くたには語れないというのもわかった。

ガチャの炎上問題で怒りの声をあげていたのがどういう層なのかははっきりしないが、このシミュレーションで富裕層の負担に文句を言う者がいるとすれば、それは富裕層自身に他ならないだろう。

ベーシックインカムの世界に当てはめた場合、富裕層でもないのに富裕層の肩を持ち自分の首を絞めたがる不可解な存在は出現しないということが分かった。小さなコミュニティである、ゲームサービスとすべての国民が参加者である国家とを同列にも語れない。国家の問題は全体の問題なので無責任に煽る外部が存在しにくいからだ。(賛成反対という立場からはあるかもしれないが、本考察はすでに成立したシステム内の話をしている)結局、ネット上の炎上という現象の中でのみ存在するものだったのだ。

ただ、このシミュレーションでは、ガチャにおけるSSRのような、課税に対する見返りがはっきりしないというのがよくわかる。現実にもそういうものは存在していないだろう。
そこをクリアすればベーシックインカムを現実に反映させることに一歩前進できるのではないだろうかという気はするということをもって、考察を終わりにしたい。
1、自尊心、自己肯定感
2、フェアなコミュニケーション
3、過去にとらわれない柔軟な思考
4、方法や過程のイメージ
5、自分はもう受け取るのではなく与える側
6、自分は確かに何かを成し遂げながら生きている。その成し遂げたものを他人と比べてはならない。
7、自信を持って「ただできること」をするだけでいい。
8、10人の敵より1人の味方を信じろ。
9、認知を変えるために今までしなかった行動をする。
10、自分本来の力を発揮して、自分本来の階層に所属する。そこがスタート地点。
11、傷つくようなセルフイメージは初めから存在しない。すべて幻。
12、相手の気持ちを受け取る。
13、競争を捨てる。
14、苦しみから逃げたい一心で行動すると何も身に付かない。
15、完璧主義こそが最も安易な「逃げ」なのだ。
16、完璧主義や罪悪感や頭の中の他人とか、自分を自分で傷つけることで現実から目を背けているだけ。
17、傷つくセルフイメージは幻なのだから積極的に負けて成長しろ。
18、過去の成功も失敗も、今の成功も失敗も、ただの事実。そこに意味を持たせてしまうのが感情だ。
理想は限りなく高かった。考えうる中で最高のものを欲していた。
それが手に入らないことが怖くて足がすくんだ。
足がすくんで前に進めなくなり、その間に立っている場所がどんどん沈下していった。
それでも理想は変わらないから、どんどん距離は遠くなった。

その距離を縮めなければと焦り、
それが手に入らなくなる恐怖にまた足がすくむ負の連鎖。

一番いいものを手にしたところしか想像出来ていない。

今いる場所から理想に向かって一歩進んだだけで世界が変わることが
頭から抜け落ちている。

ほんの少しの変化が自分の心を楽にしてくれることを経験してもすぐに忘れて、
最高のものを手にしなければそれ以外は無価値だという考えに取り憑かれてしまう。

忘れてはいけないのは、
ほんの少しの変化が自分の心を楽にしてくれることだ。
一歩ずつ前へ。

高い理想を抱いても、今いる場所から行ける所までしか行けない。
以前このブログでも紹介した東京・ユナイテッド・シネマ豊洲での
「花の詩女 ゴティックメード」の復活上映が先週7月26日に行われました。
400枚のチケットが無事完売し、日本最大級のスクリーンで半年ぶりに映画GTMが帰ってきました。

本上映期間中に何度も見たファンから、今回が初見の人まで多くの人が劇場に足を運んだ様子が、
Twitterのハッシュタグ #FSS_jp から伺えました。

その東京での再上映の少し前に、同じくドリパスで
関西地方でも「花の詩女 ゴティックメード」の再上映が決定していました。

【大阪】「花の詩女 ゴティックメード」梅田ブルク7で上映なるか!?

https://www.dreampass.jp/e465

上映日時は 2013/09/20(金) 21:00~
場所は大阪、梅田ブルク7

現時点で441枚限定のチケットが135枚売れている状況です。まだまだ席に余裕はあります。


大きな地図で見る

4K画質でスクリーンに再現されるカーマイン・プラネットの美麗な自然と、今まで聞いたことも無いサウンドと動きを見せるロボット、ゴティックメードの鮮烈な姿、背負うものがまったく異なるトリハロンとベリンがぶつかり合い、その先に何を見いだすのかという物語の行方。

原作、監督、脚本、演出、絵コンテ、レイアウト、原画、デザインとあまりにも多くを自ら受け持った永野護とそれを支えるごく少数のメインスタッフと大勢の人の協力によって作られた、通常の商業アニメーションとは異なる、21世紀の希有なるアニメがここにあります。

見たかったのに東京に行けず涙を飲んだ地域の方はもちろん、未見の方もぜひとも劇場に足を運んで見ていただきたい映画です。

「花の詩女 ゴティックメード」予告(ぜひ最大画質、フルスクリーンでご覧ください)



<参考リンク>
「花の詩女 ゴティックメード」再上映決定
http://girouette.blog.shinobi.jp/Entry/127/
今月のFSSの気になったポイント。

ツバンツヒは「既に」天照のことが好きだということ。
これまでの記述から私はてっきり第6話Part3のact5「ツラック隊」でツバンツヒが天照に一目惚れをしてしまうのだとばかり思っていました。

彼女が星団に戻ってきていたトリハロンとベリンの時代には、天照はまだジョーカーに出現していません。
映画「花の詩女」(星団歴451年)の中で彼女は1500年後と3000年後に星団に戻ってくると言っています。
現在進行しているエピソード「スタックコード」は3031年、正確には2600年後くらいの帰還です。

それではツバンツヒが言及したもう一つの時代、1500年後に一体何があるのかというと…。

2014 聖宮ラーン東宮西宮の乱
2017 星団法制定

2020 アマテラスのミコト、王子エイダス・フォースを出産

2026 ウラニウム・バランス、生体演算理論発表

(旧年表2040 アマテラス王子、その美貌と知性をもってグリースや東方諸国の人々から絶大な支持を得る)

2087 アマテラス王子、リトラと結婚
2089 アマテラス、グリース王国の王となる

年表によると、この時代は天照にまつわるエピソードの出発点だったのです。

彼女は映画の時と同じように遠くから見ていたのでしょうか。
そして、その知識を追い求める本能は、この世ならざるもの、存在そのものが巨大な謎である、アマテラスに魅了されてしまったのでしょうか…。


「求めるものをより理解したいと思うのは当然のことじゃないか」
クローム・バランシェ、晩年の言葉である…。



<告知>
エルディアイ・ツバンツヒも登場する映画「花の詩女 ゴティックメード」復活上映が、東京に続いて大阪でも見られるかも知れないチャンスです。

【大阪】「花の詩女 ゴティックメード」梅田ブルク7で上映なるか!?
https://www.dreampass.jp/e465

現在、上映決定に向けたチケット予約受付中です。
公開当時何度も見てまた見たいという方、公開当時は見れなかった方、連載再開からファイブスター物語を知ってファンになった方、作者自身の手で完全に映像化されたファイブスター物語の世界を映画館で楽しんでみませんか。
今回はネットの情報の見方について話したいと思います。

例として取り上げるのはテレビの人気企画、鳥人間コンテストにパイロットとして出場し、大会中の事故で大きな後遺症を負った女性が、テレビ局、大学、サークル幹部などの提訴に踏み切ったという話題です。

発端は女性自身の記事を元にしたYahooニュースの記事
鳥人間コンテストを提訴「落下の衝撃で動けない身体に…」
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130622-00010001-jisin-soci

それが2ちゃんねるに転載され
【社会】『第31回鳥人間コンテスト』に出場した女性が読売テレビなどを提訴 「落下の衝撃で『脳脊髄液減少症』を患い動けない身体に」
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1371852454/

それを大手2chコピペサイトが編集
鳥人間コンテストで落下し後遺症を患った女性、4305万円の支払い求めテレビ局などを提訴
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1765590.html

2chコピペサイトは様々な情報をまとめているネット上のマスコミのようなポジションになっていますが
2chをニュースソースにしていることで、そもそもの情報に偏りが発生する上に、閲覧数を上げる為に扇情的な編集を施す傾向が強いです。

イエロージャーナリズム』という言葉があります。
新聞の発行部数等を伸ばすために、「事実報道」よりも「扇情的である事」を売り物とする形態のジャーナリズムのこと(wikipediaより)を指します。この手法はそのままネットメディアでも通用しています。

編集元の書き込み自体も編集される記事に対するコメントもその場の感情に任せたようなものが多く、
結局それらの情報は娯楽として消費されるだけで、事象を判断する根拠とするには非常に弱いものです。
つまりは、コピペサイト程度の情報で満足してしまう人は初めからその情報に関心があるわけではないと言ってしまってもいいでしょう。
情報の真偽は大した問題ではなく、与えられた情報に感情を揺さ振られて、それを発散出来ればそれでいいというわけです。ここでは情報はただの玩具なのです。


でも、それでいいんでしょうか。


私は、学生時代新聞配達をしていた頃、販売店の店長に、新聞は複数の紙面を見比べて読むものだと教わりました。
それぞれの新聞で書き手が違えばニュースの捉え方も違ってくるからです。
新聞、テレビからネットの書き込みに至るまで、意見というものは常に発言者の意図を背負っており、完全に中立公平というものはありません。(ネット上の匿名での書き込みの場合は、発言者の背景が即座にわからないので、それが正当な意見なのか、わざと極端なことを言って場を紛糾させる煽りや会話の進行を撹乱する荒らしなのかという、根本的な属性の判断まで求められます)
一方向から見て形を判断するのと、二方向、三方向から見て形を判断するのとでは大きな差が出ます。
極端な話それがまったく別の形だと気づくことにもなりうるのです。

それに何の意味があるのか?
自分の好きな主張を正しいものだと選別し、それに寄りかかればいいのでしょうか。
そうではありません。
他者から与えられるすべての情報は、判断の材料でしかないのです。
判断材料を使って考えて、自分の意見を持つことが何より大事なのです。

今回例に挙げた鳥人間コンテスト事故の訴訟ニュースについて、別の方向からの意見を見つけることが出来ました。
上で例に挙げたまとめが取り上げていない鳥人間コンテスト識者及び当事者の発言をまとめたものです。
これもまとめである以上、既に恣意的な編集がされています。
しかし事象に関して別方向の視点であることは確かでしょう。

鳥人間コンテストの事故について、鳥人間の立場から考える
http://togetter.com/li/522387

鳥人間コンテストの事故について、当人のTL
http://togetter.com/li/522413

この情報の違いからあなたはどんな意見を見いだしますか?

インターネットは検索によって欲しい情報が簡単に見つけられる便利な道具ですが、その安易さは今や大きな罠でもあるのです。
与えられた一面的な情報を消費するだけに終わることは、人生を豊かにする理解のチャンスを失っているということなのです。
ヒトひとりの一生というのは広くて深い川を渡るために敷き詰められた砂利の一粒のようなものだ。
遥か遠く、いつ届くとも知れない対岸へ向けて伸びていく砂利道を歴史という。
河面を越えて道として見えている部分は歴史に名を残した人たち。
その下には膨大な無名の人たちの人生が広がっている。
その一粒一粒がどれ一つとして同じものが無く、その一粒一粒があるからこそ道が成り立っているとしても、
なかなかそんなことには目が向かない。
突然ですが

映画「花の詩女 ゴティックメード」2度目の復活上映が決定しました。

2012年11月公開にもかかわらず、4K解像度で制作され、内容がブルーレイディスクにおさまりきらないという、前代未聞の理由で未だソフト化されていない映画を観る貴重なチャンスです。

ドリパス「花の詩女 ゴティックメード」ユナイテッド・シネマ豊洲で復活上映なるか!?
https://www.dreampass.jp/e450

チケット購入者数が既に上映決定ラインを越えており、上限の400枚に到達した場合は、ユナイテッド・シネマ豊洲が誇る日本最大級の大スクリーンで映画GTMが見られるそうです。(参考:角川シネマ新宿のシネマ1が300席)

上映日時は2013/07/26(金) 20:00~
場所は東京、ユナイテッド・シネマ豊洲


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7/28がワンダーフェスティバル2013夏の開催日ですので、上京の予定がある方は、映画鑑賞も予定に加えられてはいかがでしょうか。


映画「花の詩女 ゴティックメード」は「ファイブスター物語」の世界観を作者永野護自身が余すところなく映像化した作品です。
連載再開でいきなり登場したゴティックメードがどういう音を出し、どういう風に動くのか、
ニュータイプ7月号で満を持して登場した新キャラクター、エルディアイ・ツバンツヒがどんな声でしゃべり、髪の毛から発する音がどういう風なのかなども、映画を観ればわかります。
つまり今、FSSを読んでいる人にはぜひ観ておいて欲しい一本です。

また、現代のアニメ制作のセオリーにとらわれていない一風変わったアニメですが、FSSファンにしかわからないような作りにはなっていないのでFSSを知らないという人でも大丈夫です。4K画質によるこだわりの映像美とこのアニメでしか聞けない迫力のサウンドを楽しんでいただけることと思います。


・関連リンク
ゴティックメード及び、ファイブスター物語のファンの皆様へ、お願い。(絶対秘密。さま)
http://zettaihimitu.blogspot.jp/2013/06/blog-post.html
自分や他人や世の中を呪ってる暇があったら、
すべてを忘れて自分を信じて、何か作った方がいい。

復讐は無意味だ。
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